水の硬度(硬水・軟水)が料理に与える影響-肉・野菜・パスタ・米などの食材と適した調理方法

家庭料理の手法

水を使う調理

肉の煮込み料理をするときに「あれ?硬くなっちゃったな?煮過ぎたかも?」と思ったり、太麺のパスタを茹でたときに「あれ、なんかうどんみたいに柔らかくなっちゃった。茹で時間が長かったかな?」とか思ったことはないだろうか。これは、実は使用する水の硬度が影響している可能性がある。煮込みや茹でを失敗しないためには、実は水の硬度が重要だ。

また、プロの料理人の方々は、使用する水にこだわりを持っていらっしゃる方が多いように思う。「料理は、最後は水と塩に行きつく」ということをおっしゃる方もいる。

水といっても様々な水がある。食品を調理する際に使用する水によってどのような違いが出るのか、特に水の硬度(水に含有されるミネラル分)が料理にどのような影響を与えるのかを探るのが本稿の目的である。

これまでに発表されてきた各種の学術論文の調査を行い、硬水と軟水を用いた比較実験を行うことによって、硬水と軟水の違いを探求してみたい。

まったく同じ鍋を2つ準備した。

水の硬度とは?(軟水と硬水)

水の成分を表す指標として、「硬度」というものがある。これは、水の中のカルシウムとマグネシウムの含有量を示す指標である。
カルシウムとマグネシウムの濃度が高い水を硬水といい、濃度が低い場合には軟水といわれる。世界保健機関(WHO)では、60mg/L以上を軟水、60~120mg/Lを中硬水、120~180mg/Lを硬水、180mg/L以上を超硬水としている。

日本の水道水は、硬度10~100の間に調整されている。日本全国665地点の水道水の調査の結果では、日本の水道水の平均硬度は48.9mg/Lの軟水である[1]Mayumi Hori, Katsumi Shozugawa, Kenji Sugimori, Yuichiro Watanabe(2021),“A survey of monitoring tap water hardness in Japan and its distribution patterns”,Scientific … Continue reading

これに対して、ヨーロッパの国々では水の硬度は高く、硬水が一般的だといわれている。我が国は島国であり、大陸の国々と比較した場合に河川が短いので、水に溶け込むミネラル(カルシウムやマグネシウム)が少ないのだろう。

硬水を使用する際の食材への影響

硬水の中には多くのカルシウムイオンやマグネシウムイオンが存在する。これらのイオンが食材の成分と結びつくことによって、食材の性質の変化に影響を与えたり、食材の成分が茹で汁の中に流出する量に影響を与えたりする。

食材の種類により与える影響が異なるのが興味深い点だ。硬水は「肉を柔らかくする」のに、「野菜やでんぷんの歯ごたえを保つ」という一見相反するような影響を与える。

肉の調理の場合

多くのアクを生成する

「肉臭い」料理は煮込み料理を台無しにすることがある。そのため、肉の臭いを取るために様々な調理法が存在する。例えば、米のとぎ汁で煮たり、焼酎や泡盛で煮たり、様々な香りづけをしたりと多くの手法があり、肉から臭みを取る戦いは煮込み料理の大きな戦場である。

しかしこれは実は、そもそも煮る水に何を使うかで大きく変わってくる問題だった。

肉を煮るときには、アクを救って取り除く作業をする。アク(灰汁)は、素材としての肉に含まれる味や匂いの好ましくない成分の塊である。このアクを大量に生成させて、臭みと雑味を肉の外に出してしまうのが、おいしい肉料理を作る秘訣だった。

軟水で肉を煮るときよりも、硬水で煮た方がアクが多く生成される [2]三橋 富子, 田島 真理子(2013), 水の硬度がスープストック調製時のアク生成に及ぼす影響, 日本調理科学会誌 Vol. … Continue reading 。これは、水中のカルシウムイオンやマグネシウムイオンが素材の好ましくない成分と結合する性質を持っているからだ。

なお、カルシウムとマグネシウムはそれぞれアクを多く出す働きをするが、 カルシウムの方がマグネシウムよりもアク生成に強く働くらしい。また、マグネシウムの比率が増加するとアクの生成は抑制される[3]三橋 富子, 田島 真理子(2013), 水の硬度がスープストック調製時のアク生成に及ぼす影響, 日本調理科学会誌 Vol. … Continue reading

実際に軟水と硬水(硬度200)で豚バラ肉を煮込んで比較してみたところ、アクの生成量が明らかに違った。硬水の方がはるかに多くのアクが生成された。

左の鍋が硬水で、右が軟水。浮き出てきたアクの量の違いが一目瞭然。

アクがたくさん出るということは、それだけ肉の臭みや雑味が取り除かれるということなので、クリアな味に仕上げたい場合には硬水を使うことで料理のレベルをアップさせることができる。

実際に食べてみた感想としては、味と香りに明らかな違いがあった。硬水を用いたほうがあっさり、さっぱりとしたクリアな味に仕上がった。

肉が柔らかく仕上がる

これは極めて重要な点だ。硬水が肉の仕上がりに大きく影響を与える点である。

豚の角煮は柔らかく仕上げたい。プルプルの角煮は絶品だ。しかし、角煮を柔らかく作るのは難しい。なぜなら、豚のバラ肉には「赤い肉」と「白い肉」の部分があり、この「白い肉」に含まれるコラーゲンをゼラチン化するには一定以上の温度(70℃~80℃)で加熱する必要がある一方で、「赤い肉」はそのような温度で加熱した際にはどうしても締まって固くなってしまうからだ(このあたりについては豚の角煮という記事で以前書いた。)。
この問題を解決するためには、硬水を用いることが一つの解決法だ。硬水は、軟水の場合と比べて肉を柔らかく仕上げる[4]村上恵,吹山遥香,岩井律子,酒井真奈未,吉良ひとみ(2012),水の硬度が牛肉の硬さに及ぼす影響,日本調理科学会平成 24 … Continue reading
破断応力(噛み切るのに必要な力)を測定した場合には硬水の方が軟水と比べて必要な力は小さく、電子顕微鏡で観察すると硬水で肉を煮た場合には、筋繊維が収縮し、筋内膜及び筋周膜と分離して間隙ができる [5]鈴野弘子,石田裕(2013),水の硬度が牛肉,鶏肉およびじゃがいもの水煮に及ぼす影響,日本調理学会誌Vol. … Continue readingという結果が得られている。硬水に含まれるカルシウムとマグネシウムの作用によって肉が柔らかくなったと考えられるということだ。

実際の食感としても柔らかさに違いがあった。硬水(硬度200)と軟水で合計の加熱時間各2時間ほど煮たのだが、硬水で煮たほうが柔らかく感じた。

手前が硬水で作ったもの、奥が軟水。

パスタ・米の調理の場合

コシのあるパスタに

今まで、不思議に思うことが一つあった。自宅でパスタを調理して食べるときに感じていた疑問だ。

いろいろなパスタのレシピを調べ、美味しそうなレシピを発見し、そこに「このレシピには太めのパスタがオススメです。できれば2.0mm以上のパスタを使いましょう。太めのパスタのしっかりとした食感がこのソースにはピッタリです。」と書いていることがよくある。そして、近所のスーパーに行って太いパスタを探すがなかなか売っていない。そこで、輸入食材を扱うお店に行って、ようやく極太パスタを購入し、はち切れんばかりの期待を胸にパスタを茹でる。

しかし、食べてみると期待していたようなコシを感じることができない。うどんとかソフト麺を思わせる柔らかな食感が「???」という文字を脳内にあふれさせる。

茹で時間を間違えたかな、と思ってパッケージを確認するが間違えていない。あ、これ英語で書いてある茹で時間と日本語で書いてある茹で時間が違う!と気付いたけど日本語の茹で時間で茹でている。大丈夫だ。

この現象の謎が、今回解決した。イタリアから輸入されたパスタは、硬水で茹でることが前提になっているのだと思った。

硬水と軟水で同じ条件で茹でる。

断面が正方形の極太パスタであるイタリア産のクアドラート(キタッラ)を硬水で茹でた場合と軟水で茹で場合とで比較したところ、軟水で茹でたものはやはり抵抗なく噛み切れる程度に柔らかくなっていたのに対し、硬水で茹でたものは明らかな歯ごたえを感じた。パスタは噛み切られることに抵抗し、あたかも反抗期の少年少女のようだ。十分なコシがある。

パルミジャーノでカチョエペペを作って食べ比べてみた。

カルシウムやマグネシウムが多く含まれた硬水でパスタを茹でると硬く仕上がることは、学術研究においても指摘されている[6]村上恵,森脇 千陽, 梅原 志保, 岡田 梨沙, 吉良 … Continue reading

このような結果となる理由としては様々な作用が関係していると思われる。例えば、硬水がグルテンの形成やたんぱく質流出に影響しているということ[7]日比野 久美子(2014), 市販活性グルテンのネットワーク形成における硬水の効果, 名古屋文理大学紀要, Vol. 14 … Continue readingや、硬水で茹でる際にはでん粉の糊化が抑制される [8]鈴野弘子,石田裕(2013),水の硬度が牛肉,鶏肉およびじゃがいもの水煮に及ぼす影響,日本調理学会誌Vol. … Continue reading ことが指摘されている。

ここで、「食塩(塩化ナトリウム)って、パスタのコシを出すために入れるんじゃないの?食塩は関係ないの?」と思って調べてみたが、ゆで水に通常使用する1%のNaCl(食塩)の添加では、スパゲティの硬さには影響しない[9]Megumi Murakami(2015),Effects of Various Concentrations of NaCl in Boiling Water on the hardness of Spaghetti,日本家政学会誌Vol. … Continue readingという結果が得られているようだ。

さらに、「天然塩ってミネラル分が多いから、硬水の代わりになるんじゃない?」と思って、計算をしてみた。パスタを茹でる際に推奨されることの多い某フランス産の大粒の天然塩は、硫酸カルシウム0.5%・塩化マグネシウム0.3%・硫酸マグネシウム0.2%を含むミネラル豊富な塩であるが、この塩を水に1%の比率(パスタを茹でる際の標準的な食塩の量)で加えたときの硬度の上昇は約68にとどまる。意味がないわけではないが、もともと硬水を使用する場合と比べると、その影響は小さい(硬水を使用しても塩は入れるわけだし。)。

パスタを茹でるときには硬水を使いたいものである。特に、太麺を茹でるときにはぜひ硬水を使いたい。なお、一般に市販されている入手性の良い細めのパスタやショートパスタでは、太麺のパスタほどの劇的な食感の違いはなかった。反対に、輸入物の大ぶりのショートパスタ(パッケリ)では、軟水と硬水の差が際立ち、硬水を使用したものの方がコシと歯ごたえを残した心地よい食感となった。

大きな筒状のパスタ、パッケリで作ったカネロネス。

米を硬水で炊く

また、米を炊くときにも、硬水を使用すると硬くてコシのある状態に仕上げることができる[10]大西 真理子, 庄司 一郎, 小川 宣子, 加藤 好光, 長岡 俊治, 下村 … Continue reading

この作用は、パエリアやリゾット、チャーハンなど、米をパラパラとした状態に仕上げたいときや、アルデンテのようなコシのある食感を楽しみたいときには非常に役立つものである。パエリアで硬水で作って試してみたが、しっかりした硬さだが生米感は無い良好な状態に仕上げることができた。

パラパラでしっかりとした食感に仕上がったパエリア。

野菜の調理の場合

野菜の場合はやや複雑だ。

まず、野菜が煮崩れしにくくなるという効果が硬水を使用する際のメリットとしてあげられる。これは、野菜を煮る際にカルシウムが細胞壁の成分を結びつける役目を果たし、煮汁中にペクチンという成分の溶け出しが少なくなり硬さを保つことによる [11]鈴野弘子,石田裕(2013),水の硬度が牛肉,鶏肉およびじゃがいもの水煮に及ぼす影響,日本調理学会誌Vol. … Continue reading

スープの透明度にも違いがある。硬水で取ったスープの方が、軟水で取ったスープよりも濁りが少なくなる [12]坂本 真里子, 河野 一世, 熊谷 まゆみ, 赤野 裕文, 畑江 … Continue reading 。美しい透明なスープを作りたい場合には、硬水の方が向いているということだ。

また、野菜を煮だした際のスープに溶出する旨味(遊離アミノ酸)は、硬水の方が軟水よりも少なくなる[13]坂本 真里子, 河野 一世, 熊谷 まゆみ, 赤野 裕文, 畑江 … Continue reading。野菜出汁を取るのには軟水の方が向いているが、野菜そのものに味を残したい場合には硬水の方が向いているということだ。

さらに、野菜を煮だした際のスープの酸性度は、軟水では酸性度が高くなるが、硬水の場合には軟水と比較した場合アルカリ性に寄ったスープとなる[14]坂本 真里子, 河野 一世, 熊谷 まゆみ, 赤野 裕文, 畑江 … Continue reading 点も、どのようなスープを作りたいかによって変わってくるだろう。

ミネストローネを硬水と軟水で作る。左が硬水。

野菜については、ミネストローネを同じ条件で作って硬水と軟水を比較してみた。具材がやや小さかったこともあってか、正直なところ具材の柔らかさについて明らかな違いを感じ取ることはできなかったが、スープの味に顕著な差が出た。硬水を使用したほうが「まろやか」な味に仕上がっており、軟水を使用したものはやや酸味がとがっている印象を受けた。硬水を使ってミネストローネを作ったのは初めてで、いつもは軟水を使って作っていたのだが、軟水を使用した方は「いつもの味」であったのに対し、硬水の方は澄んだ味となっていた。煮崩れを防ぎたいときだけでなく、上品なスープを作りたいときにも硬水を使用するのが良いと感じた。

酸味の違いが大きく現れた。

用途に合わせて硬水を使う

以上みてきたように、水の硬度は料理の仕上がりに大きな影響を与える。硬水と軟水、どちらが優れているという問題ではないが、一部のメニューにおいては多くの人が硬水の方が優れていると判断するであろう影響がある。肉の柔らかさに対する影響の点や、パスタのコシに関しては硬水で調理したほうが個人的には好みだ。

また、それ以外にも作りたいメニューやその料理をどう仕上げたいかによって、軟水と硬水を使い分けることができればさらに料理をコントロールできることになり、より楽しくなるだろう。例えば、クリアな味を目指したいのかそれとも素材本来の味と風味を残したいのかで水を使い分けることができるし、スープに味を出したいのか素材に味を残したいのか、澄んだスープを取りたいのかそれとも濁ったスープの方が良いのかということでも使い分けができる。

一歩進んだ料理をするために、硬水と軟水の使い分けをさらに研究していきたい。

今回使用した硬水

今回の考察と比較実験にあたっては、マザーウォーター株式会社の「水のクリタのうまい水」の硬度200のものを使用した。

この商品は、通常のミネラルウォーターと違ってマグネシウムの含有量が低めに調整されており、日本人に飲みやすいまろやかな味にデザインされている。料理をする際に水自体の味による影響が少なく、そのため料理の際に使用するのに適した硬水だ。

個人的には、ウォーターサーバーなどが不要でフィルムパッケージに入った限界ぎりぎりのコンパクトな作りなので、保管場所を取らず使いやすいのが最高だ。狭い日本の住宅・キッチンでは、収納性というのは本当に重要だ。また、通常のミネラルウォーターと異なり「完全無菌」の商品である点も安心だ。

あなたの料理を一歩も二歩も進歩させるための一つの「食材」、あるいは「必殺技」として、ぜひ使ってみてほしい。手放せなくなるはずだ。

References

References
1Mayumi Hori, Katsumi Shozugawa, Kenji Sugimori, Yuichiro Watanabe(2021),“A survey of monitoring tap water hardness in Japan and its distribution patterns”,Scientific Reports
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/topics/files/20210629watanabe_horisoubun01.pdf
2, 3三橋 富子, 田島 真理子(2013), 水の硬度がスープストック調製時のアク生成に及ぼす影響, 日本調理科学会誌 Vol. 46,39-44
https://www.jstage.jst.go.jp/article/cookeryscience/46/1/46_39/_article/-char/ja/
4村上恵,吹山遥香,岩井律子,酒井真奈未,吉良ひとみ(2012),水の硬度が牛肉の硬さに及ぼす影響,日本調理科学会平成 24 年度大会研究発表要旨集,p. 6
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ajscs/24/0/24_17/_pdf
5, 8, 11鈴野弘子,石田裕(2013),水の硬度が牛肉,鶏肉およびじゃがいもの水煮に及ぼす影響,日本調理学会誌Vol. 46,161-169
https://www.jstage.jst.go.jp/article/cookeryscience/46/3/46_161/_article/-char/ja/
6村上恵,森脇 千陽, 梅原 志保, 岡田 梨沙, 吉良 ひとみ(2011),スパゲティのゆで状態に及ぼすゆで水中の金属塩類の影響,日本調理科学会平成 23 年度大会研究発表要旨集,p. 22
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ajscs/23/0/23_0_22/_article/-char/ja/
7日比野 久美子(2014), 市販活性グルテンのネットワーク形成における硬水の効果, 名古屋文理大学紀要, Vol. 14 巻, 41-48
https://www.jstage.jst.go.jp/article/nbukiyou/14/0/14_KJ00009141340/_article/-char/ja/
9Megumi Murakami(2015),Effects of Various Concentrations of NaCl in Boiling Water on the hardness of Spaghetti,日本家政学会誌Vol. 66,120-128
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jhej/66/3/66_120/_pdf/-char/ja
10大西 真理子, 庄司 一郎, 小川 宣子, 加藤 好光, 長岡 俊治, 下村 道子(2002), カルシウムイオン水が炊飯における飯の組織形態に及ぼす影響, 日本家政学会誌,Vol. 53-11 号, 1087-1096
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jhej1987/53/11/53_11_1087/_pdf/-char/ja
12, 13, 14坂本 真里子, 河野 一世, 熊谷 まゆみ, 赤野 裕文, 畑江 敬子(2007), 水の硬度が煮出し汁の嗜好性と溶出成分に及ぼす影響, 日本調理科学会誌, Vol. 40-6, 427-434
https://www.jstage.jst.go.jp/article/cookeryscience1995/40/6/40_427/_article/-char/ja/
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