おうちごはんとアニサキス
自炊を始め、少し料理の勝手がわかってきたころ、おいしい新鮮な魚介類に挑戦してみたくなった。最初は、イカに挑戦した。生のスルメイカ。
その後、鮮魚をさばいて食べるようになった。新鮮なお魚を入手するとどうしても生で食べたくなってくる。魚の生食にはアニサキスのリスクがどの程度あるのか、そのことが気になってきた。
おうちでおいしいお刺身を食べたい。しかしアニサキスが怖い。どうすればいいのか。どうすればアニサキス症を予防できるのか。
アニサキスとは何か。どう対応すれば良いのか。これまでに公表されてきた調査結果などを踏まえて検討してみたい。
アニサキスについての基礎知識
アニサキス(の幼虫)は魚類に寄生する寄生虫である。長さ2~3cm、幅は0.5~1mm程度で、白色の線状をしている。人間がこの幼虫を生きたまま食べてしまった場合、胃壁や腸壁に刺入して食中毒を発症することがある。これはアニサキス症と呼ばれ、とても痛い。ある論文報告では、全国で年間7000件以上のアニサキス症の症例があると推計されている。また、アニサキスを原因とする食物アレルギーも報告されている。
アニサキス幼虫が寄生していることがある魚として代表的なものは、サバ、アジ、サンマ、カツオ、イワシ、サケ、ヒラメ、イカなどである。
アニサキス幼虫は、一定の温度と時間での加熱または凍結をすることによって死滅する。一般的な料理で使う程度の食酢での処理、塩漬け、醤油やわさびを付けることによっては死滅しない。
アニサキスはイルカ、クジラ、アザラシなどの海洋哺乳類を終宿主とする寄生虫で、第一中間宿主はオキアミなどの甲殻類である。魚介類が第二中間宿主だ。
アニサキスの種類とアニサキス症のリスク
アニサキス症の原因となるアニサキスの種類
遺伝子解析の結果から、アニサキスには多くの種類があることがわかってきている。アニサキス症の原因となるのは主に以下の種だ。
- Anisakis simplex
- Pseudoteranova decipiens
- Anisakis physeteris
Anisakis simplexはさらに以下の三種に分類される。このうち人体寄生性があることが確認されているのはA. simplex s.s.とA. pegreffiiだ。
- A. simplex sensu stricto(A. simplex s.s.)
- A. pegreffii
- A. simplex C
太平洋側のアニサキスと日本海側のアニサキス
日本近海に多いアニサキスはA. simplex s.s.とA. pegreffiiだ。
A. simplex s.s.は北海道北部海域と太平洋の魚類に高頻度に寄生しており、A. pegreffiiは日本海と東シナ海の魚類に高頻度に寄生している。
A. simplex s.s.は「太平洋側のアニサキス」と言われることがあり、A. pegreffiiは「日本海側のアニサキス」と言われることがある。もっとも、日本海側の魚にも「太平洋側のアニサキス」が寄生していることがある。
なお、A. physeterisは主に深海魚に寄生するアニサキスであり、太平洋側のキンメダイからも検出されているが、これによりアニサキス症が発症することは稀だとされている(2011年から2015年までの間に都内でA. physeterisを原因とするアニサキス症の発症例はない。)。
どのアニサキスがアニサキス症を発症しやすいのか?
過去にアニサキス症患者から摘出されたアニサキスの種類についての調査は以下の結果がある。
① 北海道と九州:99%がA. simplex s.s.だった。
② 千葉:57匹中の56匹はA. simplex s.s.だった。残る1匹はA. simplex s.s.と A. pegreffii との交雑種だった。
③ 東京:96%がA. simplex s.s.であり、2.4%がA. pegreffiiだった(2011年から2015年の事例)。
以上のように、A. simplex s.s.(太平洋側のアニサキス)を原因とすることが圧倒的に多く、「A. simplex s.s.は国内のアニサキス症における最重要な病原虫である」とされている。
アニサキスは魚の中のどこにいるのか?
基本的には内臓にいる
一般的には、「アニサキス幼虫は、寄生している魚介類が死亡し、時間が経過すると内臓から筋肉に移動する」と言われている。アニサキスは基本的には魚の内臓にいる。筋肉にいるアニサキスが問題だ。
太平洋側のアニサキスの方が筋肉によくいる
マサバを対象とした調査においては、A. simplex s.sのほうがA. pegreffiiよりも内臓から筋肉部位への移行率が100倍以上高いとのことだ。
また、ヒラメとニジマスに実験的にアニサキスを感染させた研究によると、A. simplex s.s.は筋肉(身)に移行したのに対し、A. pegreffiiは体腔内(内臓)にとどまり、筋肉には移動しなかったとのことである。
なお、魚が生きているときからすでにアニサキスが筋肉に入っていることもあるということだ。これに対し、A. pegreffiiが筋肉にいることは稀なようだが、必ず内臓にいるというわけではなくて、筋肉にいることもあるので注意が必要だ。
また、天然シロサケや太平洋側で漁獲されるサバはアニサキスが背側筋肉まで移行している場合があるとのことだ。なお、ある調査によればカツオは腹側筋肉のみからアニサキスが検出されており、背側の筋肉から発見されたことはないとの結果もあった。
温度による影響
20℃の環境と4℃の環境で、内臓から筋肉にアニサキスが移行する確率を調査した結果によれば、20℃の方が圧倒的に筋肉への移行率が高かった。A. simplex s.s.とA. pegreffiiのいずれにおいても、温度が高い方が筋肉への移行率は高い。死んだ内臓付きの魚を持ち運んだり保管する際には温度管理が極めて重要だ。
天然物と養殖物のアニサキスのリスクの違い
養殖魚におけるアニサキスの寄生は極めて少ないと考えられている(が、可能性がゼロではない。)。養殖物の中でも、陸上で養殖されており、生きたアニサキスが混入している可能性が無い飼料だけを与えられているものであれば、アニサキスが寄生している可能性は極めて低いだろう。
どの魚がアニサキスのリスクが高いのか
2011年から2012年間の調査での都内でのアニサキス症の推定原因食品は以下のとおりである(注:重複あり)。
- サバ 47.7%(うちシメサバが38.6%、刺身が9.1%)
- サンマ 15.9%
- イカ 13.6%
- サーモン 9.1%
- カツオ 4.5%
- ヒラメ 4.5%
- その他 4.5%
どの魚にどのくらいの割合でアニサキスが寄生しているのかについての調査は、以下のサイトがわかりやすい。
・ 東京都福祉保健局「魚種別アニサキス寄生状況について」
これによれば、アニサキスが見つかっているのは確率は以下のようになる(抜粋)。
・ マダイ 37尾中7尾(19%)
・ マアジ 59尾中8尾(16%)
・ サンマ 49尾中2尾(4%)
・ マイワシ 54尾中0尾(0%)
・ ヒラメ 29尾中7尾(24%)
・ カツオ 29尾中24尾(83%)
・ アンコウ 5尾中4尾(80%)
・ アカムツ 13尾中5尾(38%)
こうやって見てみると、アニサキスがいなさそうな魚にもアニサキスがいたりする。そして、よく問題になる魚のアニサキス寄生率は意外と低かったりする。適切な処理が何よりも大切だ。
また、カタクチイワシからはアニサキスが見つかっているのに対し、マイワシ(54尾)からはアニサキスが検出されていないとのことで、同じ「イワシ」であっても種類によってアニサキスのリスクが異なるようだ。
どうすればアニサキスのリスクを減らせるのか
加熱または冷凍がより確実な方法
アニサキスは、①中心温度マイナス20℃以下で24時間以上冷凍するか、②中心温度70℃以上で加熱(又は中心温度60℃以上で1分間加熱)することによって死滅する。
もっとも、これはあくまで「中心温度」なので、大きな切り身を食べるときには注意が必要だ。また、家庭用冷凍庫は多くの場合マイナス18℃に設定されているとのことなので、その点も考慮して十分な冷凍時間を確保するようにしたい。
生で食べる場合
そうはいってもどうしても生で魚を食べたいこともあるだろう。その場合にリスクをゼロにすることはできないが、どうすればそのリスクをより低くできるのかを考えてみたい。
アニサキスのリスクを避けるための魚の選び方
① 可能であれば、養殖物を選ぶ
先に書いたように、養殖物の方がアニサキスが寄生している可能性が低い。もっとも、養殖物であるからといってリスクがゼロになるわけではないことに注意が必要。
② 可能であれば、産地と魚の死亡時刻を確認する
できる限り新鮮なものの方がアニサキスが筋肉中に移行している可能性が低い。また、太平洋側のものよりは、日本海側で獲れたものの方がアニサキス症の原因となりやすいA. simplex s.s.がいる可能性が低いだろう。もっとも、日本海側で獲れたものであってもA. simplex s.s.がいる可能性はある。
アニサキスのリスクを下げるための保管と処理
① 店頭で購入する場合には、できる限り低温で保管されているものを選ぶ
② 購入後、運搬する際にはできる限り低温を保つ
③ 購入後、できるだけ早く内臓を除去する
アニサキスが筋肉に移行するのをできる限り防ぐことが重要だ。魚が死ぬ前からアニサキスが筋肉に移行している場合もあるので、水揚げ直後に内臓を取り除いたとしても「完全に安全」というわけではないことに注意が必要だ。
④ 目視でアニサキスがいるかを丁寧にチェックする
アニサキスは結構大きい。長さは2~3センチある。内臓から出たアニサキスを確実に除去するために、まな板は白ではなく青や緑色のものを使用したほうが良いらしい。また、ブラックライトを照射するとアニサキスは光るので、ブラックライトを使用してアニサキスを取り除く方法も有効だとのことだ。飲食店向けだが、アニサキス検査装置も製品化されている。
これと関連するが、魚をさばくときと刺身を引くときのまな板は別のものにしたほうが良いのかもしれない。内臓から出たアニサキスを刺身と一緒に盛り付けてしまうという万が一の事態を避けるために。
⑤ その他
「よく噛む」というのは、アニサキス対策として効果があるとは言いにくいようだ。アニサキスは非常に細く、その表面は結構固い。また、刺身とか寿司はあまり噛まずに飲み込んでしまう食べ物でもある。
また、「酢締め」や醤油、塩、わさびなども、通常の使用量・時間ではアニサキスは死なない。この点にも注意が必要だ。
なお、「細切りにする」とか「飾り包丁を入れる」というのは一定の効果があると思われる。アニサキスは体に傷がつくと比較的すぐに死んでしまうようだ。しかし、アニサキスは身の中で丸まって存在することもよくあるので、この方法も確実とは言えない。
アニサキスのリスクとの向き合い方
以上のような方法を取ったとしても、十分な冷凍または加熱をしていない魚を食べる以上はアニサキスのリスクをゼロにすることはできない。しかし、刺身や寿司など、魚の生食は日本の伝統文化だし、これを家庭でも味わいたいものだ。アニサキスのリスクを十分に認識したうえで、魚の生食を楽しんでいきたいものだ。
なお、本記事はアニサキスに関する知見をまとめて検討したものであって、アニサキス症以外の食中毒について検討したものではない。アニサキス以外の食中毒リスクにも適切に対応しながら家庭料理を楽しんでいきたい。
これまでに見た寄生虫(無害)
最後にアニサキス以外の寄生虫にも触れておきたい。無害なものがほとんどなので、正しい知識を持って識別できるようになれば、よりお魚を美味しく食べることができるはずだ。
ニベリニア
スルメイカによくいる。白い米粒のような寄生虫。結構よく動くが、無害。
ラジノリンクス
サンマのおしりから出ているのを見た。オレンジ色の線状の寄生虫。これも無害。
ブリ糸状虫
天然ブリの筋肉によくいる。人体には影響を与えない。大きい。最大で全長50cmに達するという。見た目が衝撃的だ。知らなかったらびっくりする。
下の写真のものは長さ25cmほどだった。
参考文献
厚生労働省「アニサキスによる食中毒を予防しましょう」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000042953.html
内閣府食品安全委員会「ファクトシート アニサキス症(概要)」 https://www.fsc.go.jp/factsheets/index.data/factsheets_anisakidae_170221.pdf
鈴木淳「わが国におけるアニサキス症の現状と対策」『モダンメディア』66巻6号 https://www.eiken.co.jp/uploads/modern_media/literature/P1-6_1.pdf
国立感染症研究所「アニサキス症とは」 https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/314-anisakis-intro.html
国産水産物流通促進センター「講演録 アニサキスを中心とした食中毒対応~正しい知識でリスクを低減し、魚食文化を守る~」https://www.suisankai.or.jp/topics/minutesarchives/2018/minutes20180919.pdf
鈴木淳、村田理恵「わが国におけるアニサキス症とアニサキス属幼線虫」http://www.tokyo-eiken.go.jp/assets/issue/journal/2011/pdf/01-01.pdf
村田以和夫「アニサキス症と天然物由来の有効化学物質の検索」http://www.tokyo-eiken.go.jp/assets/issue/journal/2003/pdf/54-1.pdf
Quiazon Karl Marx Andaya「STUDIES ON PHILOMETRID AND ANISAKID NEMATODES INFECTING MARINE FISHES IN JAPANESE WATERS」https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=2496&item_no=1&page_id=28&block_id=31
荒井 俊夫「Molecular genotyping of Anisakis larvae in middle eastern Japan and endoscopic evidence for preferential penetration of normal over atrophic mucosa」https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0089188